秋の夜長に響く新感覚トランペットサウンド
Tom Harrell「Something Gold, Something Blue」(2016)
今年はいつもより秋が短く、気づいたら冬の足音が聞こえてくるこの頃です。
今回は、以前(Vol.10)にもご紹介したことのあるトム・ハレルの新譜が素晴らしかったので、お知らせしたいと思います。このトランぺッターの何が魅力かというと、常に新しいことに挑戦し続けている点です。近年、ピアノのダニー・グリセットを擁する鉄壁のクインテットを結成し、マイルスデイビスが築いた現代ジャズの基盤をさらに大きく進化させていくような素晴らしい演奏の数々を生み出しました。しかし突然、今を時めく歌える女性ベーシスト、エスペランザ・スポルティングを起用。2ベース編成でコード楽器なしという冒険もしつつ、カラフルで豊かな響きを楽しませてくれました(VOL.10参照)。 続いて同じくコードレスで、飄々としたプレイが人気のサックス奏者、マーク・ターナーと共に、諧謔、知性、躍動、浮遊感が交じり合った独特の空間を生み出しました(下段「もっと聴いてみよう!」左側)。
そして今回はなんと2トランペット編成でギター導入という、新たな冒険に挑みました。トランペットは思索的な面と爆発力ある一発を併せ持つ若手、アンブローズ・アーキンムシーレを起用。すぐ彼と分かる特徴的な音色、どんなスタイルもこなすテクニックと懐の深さをもち、黒人差別問題をテーマにするなど作曲も優れています。ここでは、割と明るく淡々と吹いている印象ですが、そのフレーズは味わいがあり音の密度は非常に濃く、切れもあります。ハレルがその音色に刺激され、いつもは聞かれないようなフレーズが飛び出すほどです。
さらに、アーキンムシーレのバンドメンバーであり、最近ではチック・コリアに起用されて注目された若手ギタリスト、チャールズ・アルトゥーラは浮遊する感じのギタリストで、その空間を生かしたプレイが、フロントの自由な演奏を引き立てています。
いつも以上に叩きまくっているブレイクのドラミングとオケグォの太く躍動するベースに乗って、ぶつかり合うような二つのトランペットのテーマから、ギターソロを皮切りに次々とソロをつなぎます。うねるギターのフレーズを受けて、相変わらずくねくねとした不思議なフレーズながら滋味深い響きを聴かせるハレル。突き刺さるようなフレーズでアーキンムシーレが飛び出し、最後はオケグォのたくましいソロ。アンサンブルにも凝りつつ、広く取ったスペースの中で個性的なソロもしっかり聴かせ、リズム隊とのインタープレイもたっぷり楽しめるという、王道でありながら新しい風を感じる演奏です。
4曲目ではイスラエル人オマー・アビタルがウードで参加し、強烈な異国情緒あふれる演奏を聞かせてくれます。メンバーもギターを中心にほんのり中近東よりのフレーズを織り込み、アルバム全体のアクセントとなっています。
6曲目は、ドラムの豪快さを前面に押し出した複雑なリズムと信号音のようなテーマが印象的な曲で、リズムに乗ったり、すり抜けたりして羽ばたくような両トランペットのソロも素晴らしく、強固な城門のようなアンサンブルから、民族的な響きの余韻を残すラストもユニークです。
唯一のスタンダードの7曲目は、ギターが抜けてトランペットがソロをつなぐ編成でのバラード。一見地味で実にシンプルな演奏なのですが、この深さはいったい何なのでしょうか。ベースソロも地に深く響き、深遠なトランペットで幕を閉じます。
王道ジャズがお好きな方から、現代のジャズがお好きな方まで、幅広い方にお勧めできる作品です。次はどんな進化を見せてくれるのか、今から次回作が楽しみです(気が早すぎですね)。
(文:S. Nakamori)
もっと聴いてみよう!トム・ハレル&アンブローズ・アーキンムシーレ