梅雨空を吹き飛ばす、世界一美しいテナーサックス!
Marcin Branford「The Secret Between the Shadow and the Soul」
皆様、大変お久しぶりです。
少し前、急に仕事が忙しくなり、精神的に追い詰められる出来事がありました。深く思考することが困難になり、音楽を聴く気力もなくなりました。なんとか気分転換をして乗り切ったものの、自分の身にこんなことが起こるとは思いもよりませんでした。そして、ようやく自分を取り戻し、ジャズを聴けるようになった悦び!! この沸き上がるような気持ちで、一気に作品を紹介しましょう!
掛け値なしで現代最高峰のテナーサックス奏者と言える、ブランフォード・マルサリスの久しぶりの作品です。実はこのカルテット結成直後の今から8年ほど前、幸運にもライブを聴く機会があったのですが、本当に自分がどうなってしまうんだ?と思えるほどの圧倒的な演奏でした。本当に身動きすら出来ないほどの凄まじさでした。
何と言っても圧巻だったのは、若き天才ドラマー、ジャズティン・フォルクナーの地鳴りのするがごとくの演奏でした。その暴れ狂うリズムに乗り、ミンガスのように太くえぐるような音色でのたうち回るエリック・レヴィスのベース、美しい響きから破天荒なリズムまで自由自在のピアニスト、ジョーイ・カルデラッツオのピアノ、そして、世界一美しい音色を持つテナーサックスで、精神世界の深い所から、天に向かって駆け上がるブランフォード!!
今、この新作レコードを聴きながら、当時の熱気のこもった空気をまざまざと思い出しました。さらに何倍も熟成した深さと、やろうと思えば何でもできるような自在感が加わり、まさに自由を歌い上げるような作品に仕上がっています。
曲の構成は非常にバラエティー豊かです。遠くから怒涛のように押し寄せるフリージャズで幕を開けます。
これはソロ名義ではドシャドシャのフリージャズをやっているレヴィス(写真ではセロニアス・モンクそっくりの容貌!)の曲。しかし、フリーと言っても一音一音に意味があり、音色の深さとテクニックの見事さでぐいぐい引き寄せられます。タイトルの「悪魔のおもちゃの踊り」とは何を指しているのか。私は、現在の、嘘と暴力にまみれて真実が見えにくくなった世の中を象徴しているように感じました。
そして、4曲目の桃源郷のようなラテンのリズムにうっとりとさせられます。ブランフォードとカルデラッツオが優しく交し合う美しい音色、平和な世の中をイメージするような何とも温かな気持ちになる演奏です。ブランフォードが朗々とテナーで歌い上げる歌に甘さはなく、明日に向かう決意のようなものも感じられます。
ブランフォードの精神性の深さを表すのは、6曲目。悲しみと祈りに満ちた冒頭の静謐な響き、空間を覆いつくすように駆け抜け、悲しみを振り払うように歌い上げるマルサリスの超絶技巧、ほかのメンバーがかなり自由に雰囲気を演出していくスリリングな展開に胸が熱くなります。最後は祭りの狂騒のように躍動的に駆け巡るキースジャレットの曲で幕を閉じます。
何度か聞き続けている中で、ふと気づきました。これはブランフォード・マルサリス流「リベレーション・ミュージック」なのではないか、と。ブランフォードはかつて、チャーリー・ヘイデンの作品「ドリーム・ウィーバー」に参加しています。ヘイデンとは違った手法で、現在の狂騒的な世界と、そこから生まれる無常観と悲しみ、そして平和への祈りを描いたのではないか。私にはそう思えました。
とにかく、今年最高の作品と言われたら、これになることは間違いなし!じっくりと味わっていただきたいです。
(文:S. Nakamori)
もっと聴いてみよう!ブランフォードと仲間たち