初夏のそよ風のように、さわやかで楽しい極上ピアノトリオ
Kenny Barron「Book of Intuition」(2016)
急に暑くなりましたが、みなさん元気にお過ごしでしょうか?
今回ご紹介するのは、さわやかなピアノトリオ作品です。
リーダーのケニー・バロンは、もう好きとか嫌いとかのレベルではないです。別格といってよいでしょう。その場に流れていれば、我を忘れて、ただただ浸りたくなります。「これぞジャズピアノ!」と叫びたくなるような絶妙なピアノを弾く名手です。
チャーリー・ヘイデンとのデュオに始まり、いくつかのステージを見てきましたが、いずれも聴くたびに新たな感動を呼び起こしてくれます。今から5年前、新婚旅行でNYに出かけたとき、幸運にもまさに今回ご紹介するアルバムと同じメンバーで聴くことができました。場所は名門「バードランド」。開場間際に入れたので、一番前のテーブルで観ました。バロンのピアノは、優しく柔らかい響きが特徴的です。しかし、いざという時の爆発力はまるで別人と思えるほど。このバンドは若手の重量級ドラマー、ジョナサン・ブレイクが、まさにバロンの導火線に火をつけます。美しいメロディにうっとりと浸っていると、ガツンと煽り立てるようなブレイクのドラム!ともに火の玉のように燃え盛るバンドの一体感が圧巻でした。
今回のアルバムも、そんなトリオの特性を生かした、多彩なリズムと美しいメロディー、躍動感に満ちた実に素晴らしい仕上がりです。冒頭はソロで美しいメロディーをゆったりと奏でたのち、ラテンのリズムが弾む実に楽しいオリジナル曲です。ブレイクの躍動感に満ちたドラムに乗って、実に楽しそうにスイングしながら、次から次へとメロディーを紡ぎだすバロン。
これ見よがしの高度なテクニックは使わず、ジャズの伝統的な技法に基づいたオーソドックスな演奏なのですが、古さは一切感じません。逆に鮮烈で、まばゆく輝くような、生命力にあふれた演奏をたっぷり聴かせてくれます。
中間部には、ライフワークとしているセロニアス・モンクの二曲が配置されています。バロンの演奏は、モンクの前衛性よりも、人間臭いユーモラスな面が強調され、実に楽しいです。まるで、三人が曲と一緒に戯れているようで、思わずこちらもニヤニヤしてしまいます。高度な技もさりげなく織り込まれていますが、それをあまり感じさせない、自然体の演奏です。躍動的なブレイクのリズムに乗って、北川のすっとぼけたようなソロも実に鮮やか。
ラストはチャーリー・ヘイデンの名曲「ナイト・フォール」。世界の平和を祈り続けた彼は二年前に惜しくも亡くなりました。その思い出に捧げた実に美しい演奏です。いくつもの声が聴こえるかのような、優しく語りかけるピアノ。深遠なブラッシがそれを彩ります。北川のベースのソロは、ヘイデンの朴訥とした演奏を再現しつつも、自身のこみ上げる思いを歌い上げていて、静かな感動を呼びます。バロンのソロも、ただただ心を感じさせるあたたかな演奏で胸が熱くなります。
初夏のそよ風のような、優しく柔らかく薫る素晴らしい演奏を、ぜひともご堪能いただきたいと思います。
(文:S. Nakamori)
もっと聴いてみよう!ケニー・バロン & ジョナサン・ブレイク