終わりゆく冬、そして春の始まり、悲哀と躍動!
Danny Grissett「The In-Between」(2015)
皆さま、大変たいへんご無沙汰いたしました。最近はもの凄く寒かったり、急に春の嵐だったりと脈絡のない天気ですね。お元気でお過ごしでしょうか?
さて、休みが長かった分、張り切ってとっておきの作品をご紹介しましょう!昨年の私的ベストアルバムのうちの一枚です。ダニー・グリセット、最新の第5作目。彼のデビューは実に鮮烈でした。しなやかで繊細、詩情に満ちたバラードが素晴らしい一方で、リズムセクションと共に飛翔するかのような躍動感あふれる演奏も魅力です。青葉の薫る春風のような、永遠の青年といったイメージ。あらためて年齢を調べてみたところ、1975年生まれ、私と同じ歳だと知って、ああ、同じおっさんなんだなと軽くショックを受けました(笑)。
彼は今までピアノトリオの作品が多く、どれもかなりの高水準。2管を入れた直球勝負のハードバップ作品もなかなかの充実ぶりでした。今回はさらに一歩踏み込んだ、現代的な色合いの濃い作品。といっても、半分は聴き慣れたジャズマンオリジナル曲が並んでおり、オリジナル曲もそれらと調和して、全体的に聴きやすくなっています。今回特徴的なのは、一曲目が象徴するように、ブルージーで悲哀の色合いが強い曲が多いことです。一方で、振っ切れたかのような躍動的な曲もあり、静と動、陰と陽の対照が非常に強く出ています。それを可能にしているのが、8歳年上のドラマー、ビル・スチュワートの存在です。90年前後~2000年代初頭はまさに彼の年で、名作といわれるアルバムにはかなりの確率で彼が参加していました。非常に難しい変拍子をそうとは全く感じさせないほど軽々とこなし、独特のセッティングのシンバルは空間をゆがませ不思議な世界に誘う一方、ここぞというところの突進力は現ジャズ界トップクラス。
そんな彼の力が久しぶりに全開になったのが、本作品だといえます。今回は躍動的な曲はもちろん、特にスローな曲での表現力の広さをたっぷり味わえます。テナー奏者、ウォルター・スミスもいつになく繊細で柔らかな音色で全体を豊かに彩り、デビュー当時からの不変メンバー、ヴィンセント・アーチャーも骨太のベースで彼らをしっかり支えています。
一曲目のタイトルにある「J」は彼の息子のイニシャル。ずっしりと重いベースとほのかに憂いをはらんだテナーの音色。悲哀がにじむ中に、包み込むような優しさを感じます。いずれ人生という厳しくも豊饒な海原へと旅立っていく息子への複雑な気持ちなのでしょうか。
一転して2曲目のジョー・ヘンダーソンの名曲、5、6曲目のオリジナルは、はじけるように躍動し、まさに春風を思わせるさわやかな演奏。スミスのテナーも水を得た魚のように生き生きと跳ね回ります。
後半はよく知られたスタンダードが並びます。特に、霞の中からゆっくりと現れ、優しく語りかけるような7曲目「ドリームスヴィル」の美しさは彼の真骨頂。アレンジもシンプルで実に自然。しみじみと体に染み渡るような演奏です。
ラストはピアノとベースのデュオで、ポップス系歌手のダニーの奥さんのオリジナル曲。これがまたいい曲なのです。ゆったり弾むようなリズム、次々と美しいメロディを紡ぎだすピアノが実に美しい。そうか、実は「家族」がテーマの作品なんだなと、腑に落ちました。
前半の静けさのせいか、最初は地味な印象なのですが、聴けば聴くほど、じわじわと体になじんでいくような作品です。是非、冬と春の境目のこの季節に、リラックスして聴いていただきたいです。
(文:S. Nakamori)
もっと聴いてみよう!ダニー・グリセット