UNITY BAND 来日記念! 新緑の季節を彩る、力強くたくましいテナーサックス。
Chris Potter「Lift」(2002)
第2回目にしてやや変則的であることをまずお断りしておきたい。
今回は作品の紹介というよりは、私が最近熱烈に惚れ込んでいるジャズマンを紹介したいと思うからだ。彼の名はクリス・ポッター。1971年生まれの中堅テナーサックス奏者。最近は音が薄くふわふわと漂うような演奏が流行している中で、彼の太く分厚い音色、縦横無尽にうねる情熱的なスタイルはむしろ珍しい。アルバムも数枚持っており、どれも結構気に入ってはいるのだが、何かが足りない気がしていた。たしかにテクニックは文句なく素晴らしいが、メロディーに感情を込める歌心が希薄に感じられたり、知性的でもあるが逆にやや頭でっかちな部分が鼻についたりといった具合である。エレキギターとエレキベースを導入し、現在進行形のファンクを体現する最新のバンド「アンダーグラウンド」は、ところどころで突き抜けるような凄まじい瞬間があるものの、音楽的にややマニアックな感じが否めず、心から楽しむことが出来ないでいた。
「これはもう、ライブを聴いて判断するしかない!」と思い、昨年の来日の際ライブを見に行ってきた。いや、これが凄かった!圧倒的であった。ステージに仁王立ちになり、凄まじい勢いで空間を埋め尽くすかのようなフレーズを繰り出し、熱狂の渦へと巻き込んでいく。最高潮に達したかと思うと、そこからさらなる高みへと舞い上がっていくのには度肝を抜かれた。どんなに熱狂的になっても、体は一切ブレない。まるで全身が楽器であるかのように堂々と鳴り響かせていた。張り詰めた緊迫感が漂う中、他のメンバー達も火花の散るような凄まじい演奏を聴かせてくれ、特にドラマーの切れ味鋭い演奏が印象的だった。
アンコールに演奏した「モーニング・ベル」という曲も印象に残っている。これは現代のロックバンド、レディオ・ヘッドの曲だ。ポッティーの演奏は、かなりストレートにメロディーを吹きながら、やや重く硬質な響きの中に原曲の抱える現代の閉塞的な空気と乾いた哀愁をそこにジワリとにじませていた。歌心がないのではない。その表現の仕方が異なるだけなのだ。それは激しい曲での演奏からも感じられた。一見無機質なようでも無駄は一切なく、音が常に生きているのである。これは録音だけ聴いていては、おそらく気付くことは出来なかったであろう。
家に帰って手持ちのアルバムを聴き、さらに様々な作品を聴き込んでみると、不思議と彼のやりたいと思っていることが以前よりはっきりと感じられるようになり、気がつくと熱烈なファンになっていた。
ジャズはやはり生き物だ。あらゆる音楽やその時代の空気を取り込みつつ、常に進化している。ジャズ黄金時代の名盤と呼ばれるレコードを聴くのももちろん素晴らしい体験である。しかし、実際にライブを体験して、ジャズが今ここに生きているのを実感できることはそれに劣らず素晴らしく、多くの感動を得ることができるのだ。
嬉しいことに、今月ブルーノート東京にクリス・ポッターが来日する。パット・メセニーという超人気ギタリストのバンドの一員なのだが、正直私はリーダーよりもNY若手実力派で固めたバックバンドの方に興味がある。“Unity Band”(「もっと聴きたい!」コーナー写真左)というアルバムが出ており、現代的でみずみずしく創造力豊かな演奏が堪能できる。特にラテン系ドラマー、アントニオ・サンチェスの重量感に溢れた凄まじい演奏が聴きもの。ポッターも太くたくましい音色で堂々たる演奏を聴かせている。
ポッターの初めの一枚としてお薦めしたいのは、タイトルに挙げた“Lift”(2002年)というライブ盤。サックス+ピアノトリオ(ピアノ、ベース、ドラム)というオーソドックスなスタイルで、とても聴きやすい。また、ライブ録音らしい熱気あふれる空気の中、彼の持ち味である豪快な演奏をたっぷり楽しめる。冒頭の全くのソロから始まり、バンド全体がうねる様が凄まじい。“OKINAWA”と題された曲は、沖縄というよりバリの音楽に近い開放的なメロディーが印象的。親愛の念のこもったあたたかな空気、スピリチュアルに展開する絶妙な演奏が素晴らしい。
さらに、今のポッターのバンド「アンダーグラウンド」を聴いてみたいという方には、“Ultrahang”(2009年※写真真ん中)がお薦め。エレキギターとエレキピアノが入っており、かなり激しい演奏が多いので心して聴いていただきたい。ハード系ロックやファンク、ヒップホップがお好きな方は、きっと楽しめるであろう。強烈なファンクビートと突き刺さるような凄まじいフレーズの連続に興奮させられること間違いなし。また、4曲目のボブ・ディラン曲”It ain’t me, babe”でのバスクラリネットのふくよかな音色による、牧歌的で解放感に満ちあふれた演奏が素晴らしく、この一曲だけでも聴く価値がある。
他のジャズマンとの共演作も多いが、最近の中では小曽根真バンドのドラマーとしても知られるクラレンス・ペンの“Dali in Cobble hill”(2012年)が素晴らしい。「アンダーグラウンド」バンドからギターも共に参加しているが、ここではアコースティックによる演奏で、比較的オーソドックスで聴きやすい。「ダリ」の名が象徴するようにちょっと屈折した曲もあるが、手数が多く熱狂的に煽り立てるドラムを基軸に、精気に満ちた演奏の数々が楽しめる。「マイ・ロマンス」などのよく知られたスタンダード曲では、無心になって朗々と歌い上げるポッターの演奏が心に染みる。
上記のCDやYoutubeなどで音源を聴いてみて、もし気に入っていただけたら、今回のライブにも足を運んでみてはいかがだろうか。リーダー(パット・メセニー)が大物なので、チケット代が高いのが厳しいが、それだけの価値はあると確信する。目の前で刻一刻と進化していく、現在進行形のジャズを是非とも堪能していただきたい。
(文:S. Nakamori)
もっと聴いてみよう!クリス・ポッター