どこまでも優しくおだやかな音色。新しい“はじまり”におすすめの一枚。
Charlie Haden「Land Of The Sun」(2004)
Charlie Haden(1937〜2014) / Land Of The Sun
【プレイヤー】
Charlie Haden(b)、Gonzalo Rubalcaba(p)、Michael Rodriguez(tp,flh)、Miguel Zenon(as)、Oriente Lopez(fl)、Joe Lovano(ts)、Lionel Loueke(g)、Larry Koonse(g)、Ignacio Berroa(perc)、Juan“Chocolate”DeLaCruz(bongo)
【曲 目】
①Fuiste Tu (It Was You) ②Sueno Solo con Tu Amor (I Only Dream of Your Love) ③Cancion de Cuna a Patricia (Lullaby For Patricia) ④Solamente Una Vez (You Belong to My Heart) ⑤Nostalgia ⑥De Siempre (Forever) ⑦Anoranza (Longing) ⑧Cuando Te Podre Olvidar (When Will I Forget You) ⑨Esta Tarde VI Llover (Yesterday I Heard the Rain) ⑩Cancion a Paola (Paola's Song)
みなさんはジャズと聞くと、どのようなものを思い浮かべますか?おしゃれでお酒の似合う大人の音楽。騒がしく賑やかで楽しい音楽。今回ご紹介するのは、そのどちらとも異なるかもしれません。
どこまでも美しく響き合い、お互いが寄り添い、微笑み合うような穏やかな空気。とても大切なものを胸に抱いた優しい音色。そこには、ありふれていながら、かけがいのない想いの数々が満ち溢れる。タイトルは“Land Of The Sun”、「太陽の大地」。この作品ができるまでには、ちょっとした奇跡に似た物語があります。
リーダーはチャーリー・ヘイデンという現代を代表するジャズベーシスト。単なる音楽家としてだけでなく、1969年のデビュー当時から反戦や人種問題に取り組み、その時々のアメリカ政府に対して情熱的な音楽をもって糾弾し続けました。その民衆の怒りや悲哀を表すために彼が用いたのが、当時はまだ世間から軽んじられていたラテン音楽でした。
それから30年ほど経ったある日、ライブの終わったヘイデンの楽屋に一人の女性が現れ、こう言いました。「亡き父の曲を演奏してくださって、ありがとうございました。」
彼女はその夜偶然ヘイデンが演奏していたメキシコの作曲家ジョセ・サブレ・マロキンの娘、パトリシアだったのです。彼女は感謝の気持ちとして、父が遺した曲の譜面をヘイデンに贈りました。そこにはパトリシアの息子で作詞家のクリズが書いた詩も添えられていました。それを読んで深く感動したヘイデンは、すぐさま信頼するキューバの新鋭ピアニスト、ゴンサロ・ルバルカバにアレンジを依頼。優れた若手演奏家を中心にメンバーを集め、この作品が完成しました。
孫のクリズが語る生前の祖父ジョセとの思い出の中で、共に一枚のレコードを聴いたことが述べられています。そこから聴こえてきた音楽のあまりの素晴らしさに、ジョセは「なんて美しいんだ!」と感動して涙を流したという。そのレコードは、なんと、その時点では縁もゆかりもないヘイデンの「MAGICO」という作品だったのです。
ヘイデンとジョセの想いは、遥かなる時を越えて、ひとつとなりました。国も人種も世代も全く異なるもの同士が、あらゆるものを越えて、音楽によってつながる。新たなるものが生まれ、輝きを放つ。
何という素晴らしいことなのでしょうか!
ここに流れる音楽は、お聴きのように、どこまでも穏やかで美しいです。演奏者全員の音色がとても優しく柔らかに響きあい、聴き手の心にしみじみと染みてきます。この作品に関わる全ての人々の心がきらきらと輝き、あたたかく広がっていくのを感じます。その想いは世界中に広がり、本作品は第47回グラミー賞を受賞しています。
3.11以降、世界は変わりました。今まで世の中が血眼になって追求してきた「利益」や「効率」…そんなものよりも、はるかに大切で守るべきものに、世界中が気づき始めたように思います。
助け合い、共に生きること…この作品の中に込められた想いは、まさにそれに通じると確信します。今だからこそ、一人でも多くの方々に聴いていただきたい作品です。
(文:S. Nakamori)
もっと聴いてみよう!チャーリー・ヘイデン